読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

図々しさと愛

落語

落語を聞き始めて2年余り、最終的に(最終ってなんだろうw)、桂伸治師匠の「幇間腹」とか、三遊亭笑遊師匠の「祇園会」「蝦蟇の油」みたいな、聞いていて身体にあたりそうな、ぶっ壊れた雑な落語が好きになった。
お二方とも、芸としてどうかはよくわからないけど、客弄りがとてもうまい方だな、という印象を持った。
それは、表面的にゴキゲンを窺ったり、ヨイショしたりすることとは、違う。
毎度お決まりの枕を通じて客席の反応をはかる、時事ネタやメタネタで共感を呼ぶ、等の予防線を張る姿勢(……と敢えて言ってしまいます)とも、違う。

お二方とも、まず、高座に出てきた瞬間の笑顔が、笑顔すぎて怖い。
口を開くと、声が高くて大きいうえ、姿勢も前のめりに崩れ 、「よっ!最近どう?」みたいな調子で(こんなこと仰りませんが喩えです)、フラットにフレンドリーにぐいぐい来るので、こちらは思わずたじたじになる。
どんなにお客さんの数が少なかろうと、高座にあがった瞬間の客席の温度が低くても、この二人は決して手を抜かない。
客席最後列のお客さんのことまでガンガンに睨み、遠くで起こった些細な反応を、喜んで逃さずに拾う。
「やべぇ接客を見てしまった……!!!」っていう感動で、ふぁーっと熱くなる。
だから、伸治師匠のトリの時に「待ってました、大門町!」という掛け声がかかったのを聞いて、「うん、この方には、こういう掛け声かかるよね……」って一人で納得して、嬉しかった。

もちろん、芸一本で魅せるクールビューティータイプの噺家さんも素晴らしいんだろうけど……、私はどっちかというと、芸そのものの良し悪し(それって個人の好みもあり、客観的な指標が無い……?)より、「目の前にいるお客さんが、いかに満足したか?」への関心が高いので、どんな人ともがっちり握手してしまう厚かましい政治家(笑)みたいな噺家さんに、好感を持ってしまう。
がっちりどころか、下手したら複雑骨折させるような握手を、咄嗟の判断で躊躇いなく繰り出せる人は、人間枠を超えて動物として、強い感じがする。

落語についてしばらく時間を割くのはやめよう、って思ったけど、落語から教えてもらったことが沢山あったから、ちょっと総括的に思い出して、書いた。
「お前、絶対、俺のこと好きだろ? いや、好きだよな!!!」っていう、根拠のない図々しさ、やっぱり私は好きなんだろうなぁ。
動機はなんでもいいけれど、自分から人に握手を差し出すことが、愛への一歩じゃないかと思うから。
手を差し出されることは、誰だって、嬉しいことだから。