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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

ただの感想:『ザ・コンサルタント』『人生フルーツ』

映画

※意外と多くの方に読んで頂いてしまって、大変感謝です。あくまで匿名でいたいので、内容を一部修正・削除しました(2/1)

【序】ハリウッド映画『ザ・コンサルタント』は、素敵に悪い作品だった。

 自閉症の少年が、軍人の父から「この辛い世界を、たった一人でも生き延びていけるように」と訓練されて育った結果、天才的な会計士兼裏世界の稼業を担う殺し屋になり、世の中に貢献する話。

文字にするとあまりにバカバカしい設定だが、ガタイがいいうえに死んだ目をしているベン・アフレックが見事にハマっていて、アスペな知性の持ち主が、卑小な悪人達を、会計的にも物理的にも殴っていく姿に、非常に痺れた。
途中、主人公は自分を理解してくれる女の子に出会うんだけど、結局はその子と生きる道を選ばず、代わりに唯一の趣味である絵画コレクションの中からポロックを贈り、姿を消す。
ポロックは映画の小道具として使われ過ぎだなぁ……」っていうツッコミはありつつ、自分の人生ではなくポロックの絵しかあげられなかった会計士の不器用さに、思わず心が痛くなった。ちなみに彼は、"I love you"と言わない(≒言えない)代わりに、「君は称賛に値する」という書置きを残す。もう、そのあたりが何とも切なく、涙目で映画館を後にした。

序盤から丁寧に張り巡らされた伏線が、終盤に向かうにつれきちんと回収されしきったり、会計士ならではの効率重視の殺人方法に笑えたり(遠方で、どこにいるのか全く持って不明の相手から「ズドーン!」と低く響く銃砲の、何と恐ろしく格好良いことか!!!)、心の「いいね!」ボタンを押しまくる一本になった。


【破】一方、今日見てきたドキュメンタリー映画、『人生フルーツ』。

ニュータウンの一角にある平屋で暮らす建築家夫婦を追ったドキュメンタリー」。
建築家の修一さんは、天才すぎて周りに理解されず、第一線からは身を引いて、自分のビジョンに従った生活を実践する。そんな修一さんを支える奥さん。ザ・コンサルタントのような「効率優先」の生き方とは対極のように見える「スローライフ」だが、修一さんの生き方は建築家としての信念に貫かれ、いつでも刀を抜けるように備える、究極のプロフェッショナルな生き方だ。つまり、『ザ・コンサルタント』と、反対のように見えて生き方としては同じだ(未来の世代に土を残す、という修一さんの覚悟と実践を、ハリウッド産プログラムピクチャーの主人公と比較しようとすること自体が、おかしな話だけれど)。言われなければ90歳とは思えない食欲が、印象に残った。良い仕事は誠実な人から生まれ、その価値はお金に換算できないということを、教えてもらった映画だった。

英子さんについては、ホンネを言えば、修一さんの道連れとなってしまって可哀想だ、と感じてしまった。一方が一方に盲目的に奉仕して、チーム一丸となって世の中に仕事をなす……ということは構わないが(私自身、そういう形の「自己犠牲」好きであることは認める:クリスマスはプレゼントの季節 - 忘れるためのなぐりがき)、一体多ではなく一対一の関係において「プレゼントを与える」側は、どうしていつも女性なんだろう? 同じことは、『風立ちぬ』にも『この世界の片隅に』にも、あるいは落語の「替わり目」にも思う。もっとも、この漠然とした疑問は一言「時代が違う」で片付く類だ。現代の感覚をもって、世代が違う方の生き方にメスを入れることは、歴史を学ぶ者としては失格である。もとより、2人きりの世界について、赤の他人がとやかく詮索するのは余計で下世話な話だから、この辺りで止めることにする。

【急】1人で映画館行くようになった高校生の時以来、何か嫌なことがあると映画館に逃げ込む癖は、未だに抜けてない。

架空のヒットマンを主人公にした、典型的なプログラムピクチャー。
実在する夫婦の何十年の歴史を、丁寧に取材したドキュメンタリー映画。

まったく正反対の作品を内包する映画というジャンルの奥深さを、改めて教えられた。

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