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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

雑な感想:Brian the Sun 『Maybe』MV ひまわりを見た20秒後にポロックを思いつくロボット

その他

※「ロボット」「アンドロイド」「人工知能」について、超ふわふわな素人です。いつもながらの雑文です。間違いがあったら教えて下さい。

今期放送中の深夜アニメ『甘々と稲妻』のエンディングテーマ。

PV全体のストーリーとしては、博士に恋した人型ロボット(劇中にこいつの正体が技術的には何なのか一切説明がされないので、ひとまずロボットと呼びます)が失恋し、自殺する(=メモリーを物理的に壊し、自らシャットダウンする)という、他愛もないお話です。
誰が誰に恋しているのか、君と僕の関係すらよくわかりませんが、「君との恋愛」を気怠く優しく歌い上げる歌詞に対して可もなく不可もない、愛らしいMVだと思います。

私が戦慄したのは、1分32秒あたりの1番大サビ佳境から始まる、「ロボットが絵画を学習する」一連のシーン。
このロボットは、習字やルービックキューブと並んで「絵を描くこと」を教わるんですね。その手初めに博士から、狩野派の誰かっぽい絵、写楽・北斎国芳といった浮世絵、ゴッホのひまわり風の絵、マティスっぽいフォービズムっぽい絵……といったお手本を見せられ、20世紀前半までの絵画史を学習します。

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そして手渡された絵具と、真っ白なキャンバス。さてロボットは何を描くか?と思いきや、なんと絵具を遠くから飛ばし、即座にポロック風の絵を作ってしまうのです。

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なんだこれ!!!
「ひらがなを教えてたら、あっという間に達筆になった」ということとは、次元が違う成果です。以下に、その理由です。

 

このシーンの解釈は、ロボットの思考回路の仕組みによって、大きく変わります。
検索エンジン搭載型」だった場合(……SF映画?でよく見る?、「○○デス、○○デス」、って口調で見当違いな答えをオウム返ししてくれるロボットのイメージ)。20世紀前半までの絵を見せられたアンサーとして、1950年前後のポロックを選ぶ「茶目っ気がある大喜利」として、解せます。さしずめ、ユーモアがわかるSiriです。

が、問題は、このロボットがゼロからトライ&エラーを繰り返しながら成長する人工知能だった場合。フォービズムからアクション・ペインティングへの創造の歴史を、こいつは絵を見せてからわずか数秒で一気に辿ってしまった、ということになります。「人工知能によるアート」という話題は、最近何かとよく聞く話ではありますが、そこで定義されるアートとは「ヴェネチアビエンナーレ体制下での最適な大喜利=商業的に価値がある作品」です。なので、博士と一対一の状況下で行う創作活動、すなわち商業主義云々に関係なく、あくまで純粋な思索のもと「目の前にいる博士の要望に応えるべく、20世紀までのお手本を見たうえで、こんなものはどうでしょうか?」でポロックを(くどいようですがたかが数秒で)、人工知能が達成してしまったとしたら……

ちなみにこのポロック、最近では人工知能を描く映画『エクスマキナ』に小道具として登場しました。

とはいえ、ポロックのアクション・ペインティングは、「絵画とは何か、という問いを突き詰めた末に、具象的にも抽象的にも何かしらイメージを表象するという考え方を捨て、絵具をカンバスに塗りたくるという行為を純粋に記録しました」というコンセプト(興味ない人には「だから何だよ」感がすごいやつ)であり、「絵画とは何か」を純粋に哲学したら、行き着けそうな解ではあります。これがもし、ポロックどころじゃない画期的で新しい作品だったら、人間の創造力はこのロボットに完全に負けたわけで、そうはせずポロックぐらいで留めたあたりが、商業MVならではの可愛らしさですが……

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甘々と稲妻』のエンディングテーマ、良いよね~。程度の軽い気持ちで検索したら、こんな憂鬱なMV見せつけられるとは思いませんでした。