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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

とっても雑なシン・ゴジラ万歳!

※相変わらずがんがんネタバレしているので、くれぐれもご注意ください。
※全体的に適当です。

私自身はすごく好きなんですが、「期待してたほど面白くなかった」という人もいて、この差はどこから生まれたんだろう?(=どういう人だったら今作を評価するんだろう?)を、考えました。

 

 ①感情はとっくに乗り越えたノブレス・オブリージュな目線で進む物語に、抵抗が無い人

人間が登場するシーンの大半が、ゴジラ対策に関する業務連絡
→一般人ではなく、官僚と自衛隊が物語の中心
→会話の大半が公的な内容で、私的な内容はほとんど出てこない

 この映画の主役は、家族や友人を亡くした悲しみに沈んだり、あまりに想定外なゴジラに対し感情的な反応をしたり……といった苦悩はとっくに乗り越え、ゴジラに立ち向かう知性と、日本を守る使命感を持ち合わせた、「強い人」たちです。しかも、ゴジラ出現の混乱に乗じて自分の権力を伸ばそうと暗躍したり、ゴジラと闘う人の足を引っ張たりする「汚い(=ある意味心が弱い)人」は、一切出てきません。作中で登場する「政治家群像劇」は、極めてリアルなように見えて実は現政権や官僚しか登場せず、野党や国会は登場しない、という厳密なコントロールの下に構成されています。
 こうした政治家、官僚たちへの描写に対し、一般人はゴジラ襲撃の被害者としてしか、描かれません(一応、一般人が被害に巻き込まれるシーンはしっかり登場します。個人的には、最初の上陸で第2形態ゴジラに襲われて両親+子どもが皆殺しになるシーンと、米軍攻撃直前に地下鉄へ逃げ込んだ人々の悲鳴のボリュームが停電のパニックでさらに上るシーンが生々しく感じ、見ていて胸が苦しくなりました)。さらに言えば、一般人は劇中で唯一足を引っ張る存在=泊まり込みでゴジラ対策を練る官僚たちの外で「ゴジラを殺せ!」と無責任なデモをする人たち、として描かれます。
 このように、極めて「ノブレス・オブリージュ」目線の物語にノれるかどうかが、本作への評価の分かれ目になりそうです。

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②張り巡らされたオマージュ(トリビア)に、思わず興奮しちゃう人

 アニメ、特撮に本当に詳しい方から見ると全然違う!ってなりそうですが……私が「おおおっ!」と思えた限りでも、庵野監督の得意技である「既存のサブカルチャーを編集しなおして新しいモノを再構築するマッシュアップ」が、すさまじく炸裂しています。
 歴代ゴジラシリーズへのオマージュ(グローリー丸=栄光丸、ゴジラの名前の由来、牧元教授、「薬は注射より飲むのに限るぜゴジラさん!」とか)、伊福部音楽、ヤマト≒ナウシカ巨神兵/『トップをねらえ!』/『エヴァンゲリオン』からの自己引用(ゴジラのビームの造形、チャーシューがないラーメン、巨災対大活躍時のBGM)、監督の奥様でもあり漫画家でもある安野モヨコ作品からの引用(メインキャラの名前)……といった特撮・アニメ的想像力から、牧元教授役(写真)として登場する岡本喜八監督(ひいては官僚群像劇『日本のいちばん長い日』に対するコンセプト面からのオマージュ)、庵野作品ではおなじみ黒澤明の対位法、といった往年の日本映画に対するリスペクトまで。
 これらのジャンルが好きな方は、退屈しないと思います。

 【追記】テロップ芸+食い気味の会話劇=エヴァでも引用されてた市川崑(『犬上家の一族』) ライムスター宇多丸さんのラジオ評を聞いて、「確かに!!」となりました(当たり前すぎて見落としていた)

 

③リミテッドアニメの監督ならではの、独特な映像を楽しみたい人

 映像的快楽が凄まじいことと、その快楽の種類がリミテッドアニメの監督ならではという点が、特徴的な映画だと思います。
 そもそもアニメーションは、動きを表現するのに用いる絵の枚数によって、フルアニメとリミテッドアニメに分けられます(……と、偉そうに解説し始めて、至極恐縮ですが)。前者の代表はディズニー作品、1秒あたり約18枚用いるのに対し、後者の代表は『鉄腕アトム』、1秒あたり8枚しか用いず作業量を抑えることで早く廉価に作品を作ることができます。日本の商業アニメーションの主流はリミテッドアニメで、フルアニメほどには1秒当りの枚数を割かない(=絵が生き生きと動かない)分、1カット1カットの構図を凝ったり、カット割のテンポにメリハリを付けることで、フルアニメとは違った質の動きを生み出します。フルアニメ/リミテッドアニメで、このような技術的制約の違いがある中、例えば感情表現については、フルアニメのキャラクターが滑らかに動いて感情を演技出来るのに対し、リミテッドアニメのキャラクターは滑らかな演技ができない分、顔のドアップ(具体的には、最も人間の感情が表れやすい瞳の描写)や、同じく感情芝居をしやすい手の動きに描写を特化することで、効率的な感情表現を目指します。それでも、フルアニメに比べて内面を表現するのが苦手なリミテッドアニメは、キャラクターは動かない代りにパッと見で(=外見だけで)どういう人物かわかるよう、わかりやすい外見のデザインに力が入れられる傾向があります。 ※この辺りの「リミテッドアニメならではの魅力」論は、ほぼトマス・ラマール氏、斉藤環氏の著書の受け売りです。
 翻って『シン・ゴジラ』は、監督が庵野さん=プロのリミテッドアニメ監督ってことに注目すると、実写であるにも関わらず構図のメリハリ(「どうしてこのアングルなんだ?!」と思わされるような絵や、ひとつの一枚絵として美しい構図)、カット割のテンポ(ポンポン飛ばすところとじっくり見せるところの差)、顔のドアップがやたら出てくる、文官のスーツ⇔自衛隊の防災服、ハイヒールのカヨコ⇔スッピンの尾頭さんといった記号的な外見(さらに言えば、文官のスーツは襟の選択や結婚指輪の有無レベルまで一人一人作りこまれている)など、リミテッドアニメーションの方法が多数持ち込まれているところが、とても興味深いです。端的には、タバ作戦が失敗した時の皆の悔しさを、花森大臣が机をバンと叩く手だけで表現してしまうところがすごく「アニメ」っぽく、面白いなと思いました。

自衛隊や永田町に関心がある(or大好きな)人

 パンフレットによると、今回の映画は自衛隊や永田町への膨大なリサーチと制作協力を元に作られたそうです。こうした世界に関心がある人にとっては、映画に登場するディテールを見るだけでブヒブヒ言えるんじゃないでしょうか。ちなみに私は、官僚の世界にちょこっと関心があったので、「ロジ」って単語が出てきたり「米国高官の緊急来日で外務省の北米局が大慌てする」といったディテールに、浅はかながら「わかるわかるww」と興奮してしまいました。こんなレベルの知ったかすらイチイチくすぐってくれる本作なので(苦笑)、本職の自衛隊や官僚の方(および詳しい人)が見たら、相当楽しいんじゃないでしょうか。
 それから、あまり現実の政治的なモノを芸術に持ち込むのは保留したいですが、自衛隊大好きな私の父は、ヤシオリ作戦開始時の矢口の演説「自衛隊は、この国を守る力が与えられている最後の砦です !」に、喜んでいました。こういう視点からも、喜べる人は喜べそうな懐の深さがある作品です。


東宝はじめとする、マーケティング主導の日本映画界(と作品)に不満が募っていた人

 これは、端的に以下のツイートを見て頂けるとわかると思います。

 

⑥「アニメ批評」に関心がある人

 日本アニメ批評は、「日本のオタク的想像力を語るうえで、庵野監督作品は外すことができない」っていうのがほぼ暗黙の了解みたいになっているので、そうした前提に乗っかって批評を楽しむ人たちには、今作は欠かせない一作になるでしょう。例えば、"エヴァで「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ……」「私が死んでも代りはいるもの」との闘い(=偶有性の困難)を描き、エヴァQでさらに踏み込んで「苦しみながら決断した選択が最悪な事態を招いた場合どうする?」(=決断主義の功罪)を訴えかけた庵野監督が、ついにシンジ君(=選択に悩む人/ポストモダン的実存問題)を卒業した!しかも今作には美少女もゲーム的ループも登場しない。ここに来てサブカルチャーは、ポストモダン及びゼロ年代と決定的に決別したのだ。"……と言う風に(かなり適当です)。斉藤環氏、東浩紀氏が、今作を絶賛してるのも、なんとなくわかります。千田洋幸氏もたぶん絶賛するんじゃないでしょうか?(知らんけど) 宇野氏なら、2010ねんだいのそうぞうりょくとして「礼は要りません。仕事ですから」っていえないひとなぞ知らないよ~と切り捨てる姿勢(=貧富の差がますます広がる現状の中で、プロフェッショナルたることに人生の倫理を求める姿勢)はいかがなものか……?!と思ってるのかもしれませんが。(現にこの手の倫理は2008年『ゼロ年代の想像力』で批判してますね。……あれ、いや、巨災対はもしかして、宇野氏が絶賛する「死を目前にしたことによる一回性の自覚と、緩やかな共同体の幸福」に満ちた日常系世界に、意外にもカテゴライズできちゃったりするのか……?)
※そして、①「ノブレス・オブリージュ」問題に戻る。

 

 

他にもたくさんありそうですが、以上をまとめると、①~⑥は①④以外「虚構に関心がある人」ということになります。①ノブレスオブリージュ目線に抵抗がない人や、④自衛隊や永田町についても、それが日々の仕事になっている人より、そうじゃない人(=ある程度の虚構を通じて、ノブレスオブリージュ目線に共感を抱く人/自衛隊や永田町を知っている人)の方が、私を含めて圧倒的に多いと思います。つまり、

シン・ゴジラ』は、オタク気質がある人には、とっても幸せな作品だ。

と、思いました!(全体的に異様な早口も、カット割のテンポも、日頃スクリーンに映った虚構を隅々までしゃぶりつくすことへ全力を懸けているオタクにとっては、楽しい抜き打ちテストみたいなもんです……)

こうした作りは、良く言えば「通好み」、悪く言えば「内輪向け」と評されるものなのかもしれません。しかしながら、今作がテーマに据える(先ほど④で「あまり現実の政治的なモノを芸術に持ち込むのは保留したい」と言っておきつつ)、3.11後の日本で「未曽有の大災害に政府がどう立ち向かうか」という問題は、私たち有権者1人1人にとって決して無関係ではなく、今作に「単なる内輪向け」以上の重みを与えていると感じました。