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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

雑な感想:『ポケモン・ザ・ムービーXY&Z ボルケニオンと機巧のマギアナ』 帽子の少年と黄色い生物の冒険譚の賞味期限は

ネタバレしてます。未見の方はご注意ください。

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日舞台挨拶付きで鑑賞してきちゃいました。

大筋は、人工生命でもあり最終兵器でもある超謎のパワー源を持つポケモンマギアナ」(のパワー源)が、よくわからない悪だくみから奪われる→頑張って取り返す……ってだけなので、やや単調です。

その代り、舞台挨拶でしょこたんが言っていたとおり、ラケル王子(cvしょこたん)の成長物語として、楽しく見ました。

f:id:newladyrossa:20160716162732j:plain しょこたんの少年声が意外にハマっていた

敵役・ジャービスマギアナのパワーで何がしたかったのか?ジャービスの計画にラケル王子は必要だったのか?というモヤモヤはありますが、終盤の

 

ラケル王子「僕はずっと研究室に引きこもってばかりだったから、簡単に悪人に騙されて利用されたんだ……」(うろ覚え)

サトシ「アゾット王国に戻ったら、ポケモンと一緒に旅に出なよ。」(うろ覚え)

 

というやり取りが胸に沁みました。これまで20年(!)も旅をして、様々な経験を重ねたサトシだからこそ、自分の中で絶対に譲れないモノが何かをはっきりわかっていて、それのために最後まで行動する(今作では、「高原のポケモンを守る」という約束のもと、ボルケニオンに最後まで寄り添う)ことができるんでしょうね。エンドロールに流れる後日談で、ラケル王子は実際にポケモンと旅に出たようで、そんな弟をそっと見送るキミア姉ちゃんの姿に、泣きましたよ。

私たちの世界には、ポケモンたちも、10歳になったら旅に出るという制度も実在しないけど、全国の小さいラケル王子たちも、いつかサトシのように「絶対に譲れないモノ」を見つけてくれたらいいなぁとか、柄にもなく思いました。

 

しかし、全体的には単調なストーリーなので、それを埋め合わせるためなのか「人間に傷けられたポケモンが寄り添って暮らす高原」とか「マギアナの声が聞こえないのにゃ~(涙)」とか「マギアナが死んだり生き返ったり」とか「ボルケニオンがみんなのために犠牲になったと思ったら生きてたと思ったら死んでたと思ったら生きてた」など、瞬間風速が凄いだけのやたらジャンクな感動ドラマがてんこ盛りで、意外と胸に入ってきません。

あと、舞台がせっかく「天才科学者が500年前に残した要塞都市」という面白そうな街だったので、街を活かした冒険をもっと見たかったです。途中から高原に行っちゃうし、最終決戦も空中なので、街があんま出てこないのが残念でした。たとえば「傷つけられたポケモンたちは街の地下空間に寄り添って暮らしてました」って設定とか、どうですか。高原の唐突さに比べると、こっちの方がよっぽどナチュラルじゃないですか(適当ですが)。

昨年度から脚本家が冨岡さんにバトンタッチし、空中戦のアニメーションといった見応えある映像が増えたり、全体のテンポが上がって見やすくはなりましたが、「えいがというひとつのげいじゅつとしてはおもしろいか?」と聞かれると、園田時代からあいかわらず平行線のままのような印象です。

他のロングセラー子どもアニメ映画、たとえばコナンは路線を何度も変更してますし、シンちゃんも毎年脚本家を変える、などの工夫をしているのに比べ、長いこと王座に君臨していたポケモンは、そこらへんどうも胡坐かいてる(からこその、最近の妖怪ウォッチに押され気味な成績)んじゃないかな、と思ってしまいました。ここまでシリーズが続いちゃうと、サトシを降ろしたり全く新しい制作陣に変えたりという英断は、よっぽど何かない限り起きないんでしょうね。

 

以上色々書いてしまいましたが、ポケモンをアニメ、ゲームともに初代から追いかけてる1ファンとしては、アニポケ映画特有の「ひと夏の一期一会」は、大切な風物詩です。出来ればこれからもずっと、もっともっと面白く、続いてほしい。今作についてはホントに敵の目的がよくわからなかったので、あと2回くらいは劇場に足を運ぼうと思います。

がんばれ、ポケモン映画!