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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

自作短編「正義のディナーテロリズム」

ショートショート

トシズ・スシは、寿司を中心とした世界でも最大級のファミリー・レストラン・チェーンだ。中でも渋谷店は、広々とした店内と渋谷ならではの限定メニューがウリで、外国人観光客を中心に最も賑う店舗の1つだった。
その日も、お昼時を過ぎた時刻とはいえ、新規の団体客が28組も来ていた。

「ちょっと、ちょっとあなた?トシズ・スペシャルをサビ抜きで頼んだのに、これワサビが入ってるんだけど!それと、子どものマグロ・パラダイスはまだなの?もう10分も待っているのよ!」

客席に据えられたタッチパネルには、「スマイルの足りない従業員をお申し付けください」というボタンがある。ワサビ入りのトシズ・スペシャルを出された親子連れは、一通りの苦情を言い終わると、すぐさまタッチパネルを取った。

今日は全体的にミスが多い。当たり前だ。連休最終日の夕方、1週間以上の連勤が祟り、ほとんどの従業員が疲弊していた。

ミスは続々と続き、お子様メニューに間違えてカシオレを付けたり、酢飯マシンが壊れて味付けがおかしなことになった。
1番勤務期間の短いサクラも、12組連続で会計を終えたレジでくたびれ果てていたが、一息つく間もなく7番卓から呼び出しをくらった。
レジを空けるのは心配だったが、先輩たちは酢飯マシンにかかりっきりだったので、仕方なく7番卓に向かった。

「何か御用でしょうか。」
「お嬢さん、この店はいつも、こんなに混んでいるのかね?」
「今日は連休の最終日ですから……色々とお待たせして、申し訳ありません。」

こんなファミレスには似あわない、高そうなスーツを着た男性だ。
テーブルには、一番値段の高いラ・ジャポネーズと、トロを使ったキンカクジが並んでいた。

「ちょっと幾つか聞きたいことがあってね。今、ここで働いているのは何人?」
「はぁ……店長と、スタッフ5人です。」
「在籍してるのは?」
「7人ですね。」
「ということは、7人で回しているの?確か、24時間営業でしょう?」
「そ、そうですね。」

この人は、何を聞いてるんだろう?

「あの、特に御用がなければ、私はこれで……」
「いやいや、申し訳ないね。あと少し。君、それでもらっている給料は?」
「は?」
「90円?いや、95円あたり?」
「……87円です。でも、来月から3円マイナスだそうで。こないだ本部決定がありました。」
「それは、東京都の最低賃金を下回るね。誰も何も言わないのかい?」
「今はどこも、景気が悪いって言いますから……。仕方ないことです。」

正確には、東京で観光客向けの商売を行っている企業とそうでない企業の、二極化だ。もっとも、トシズ・スシの業績は右肩上がりだが。
前の店をクビになって以来、20件以上もの会社を回って、ようやく見つかった仕事である。少々給料が下がったくらいで、辞めるわけにはいかない。

「そうか、そうか。よくわかった。君はどうやらすべてを諦めてしまってるみたいだから、かわりに僕が怒ってあげよう。」
「お客様、私はそろそろ……」
「店長が店の裏口にポルシェを停めてることに対して、何も感じないことはないだろう?」
「……どうして、知ってるんですか?」
「いいからいいから。 君は黙ってこき使われるだけの、アンドロイドじゃないんだからね。目を瞑って。」

言われるままに、目を瞑った。
なんとなく、その方が正しいような気がしたから。
パチン、と指の音がした。

ゆっくり目をあけると、200人以上いた客が、誰一人残らず店内から消えていた。未会計で。