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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

自作短編「スパイス家の後継ぎ」

久しぶりに実家の門をくぐると、玄関の上のバルコニーから、姉さんの声がした。

「あらクローブ、遅いじゃない。」
「シナモン姉さん、久しぶり。またタバコ?医者に辞めろって言われてなかったっけ?」
「凄いピリピリしてるんだもの、やってられないわぁ。皆、もう中にいるわよ。」

手すりに隠れて姿は見えないけれど、甥のセージと姪のタイムがはしゃぐ声が聞こえてきた。子どもはいつでも元気だ。
ベルを鳴らすと、3秒も立たないうちに、オレガノがドアを開けた。

クローブ様、この度は誠に残念でした。皆様が、お待ちしておりますよ。」

大広間の長いテーブルを囲み、一同がズラリと席に着いた。
スパイス家は、世界で有数のマフィアのファミリーだ。創始者は、僕らの父さんであるブラック=ペッパー。
その父さんが、先月の終わり、突然の飛行機事故で死んでしまった。60歳を過ぎてもなお健全だった父さんは、後継者を指名していなかったため、急きょ家族会議が開かれることになった。
今日はその初日である。

父さんの第一の部下であり、この家の執事長でもあるオレガノが、テーブルにワインを配った。
ローズマリー母さんが、グラスを掲げた。

「我らがボス、優しいパパ、偉大なるドン・ブラック=ペッパーに。」

大広間はしめやかな空気に包まれた。
しかし、それも束の間のことで、次の瞬間にはシナモン姉さんが、花火のような勢いで口を開けた。

「で結局、誰にするの?こんな会議ちんたら長引かれたら堪んないわ。さっさと決めちゃいましょうよ。」

ナツメグ兄さんが、すかさず反論した。

「決めるも何も俺に決ってるだろう?あとは、姉さんたちが承認すればいいだけだ。」

父さんの弟、ホワイト=ペッパー叔父さんが、グラスを置いて言った。

ナツメグ、お前は何様のつもりでそんなことを言ってるのか?兄さん殺しの犯人め。今すぐこの部屋から出ていけ!」
「叔父さんこそ、一体何を言ってるんです?俺は父さんと一緒に襲撃されたうえに、右腕が吹っ飛んじまったんだぜ。叔父さんこそ最近、ステビアアステルパーム兄弟とつるんでるって噂ですよ。あいつらにそそのかされて、叔父さんが父さんをやったんじゃないんですか?」
「なんだと、この……」
「2人とも、やめなさいよ!」

シナモン姉さんが机を叩いた。

「兄弟の順番で言えば、長女である私が後を継ぐべきだわ。息子のセージもいるし。」
「姉さん、女はボスなんて無理だぜ。それに今、セージは関係ねぇぞ。」
「セージだってファミリーの一員よ。長女の長男だもの、ゆくゆくはこの家を継ぐんだから。セージの母親である私がボスになるわ!」
「あい!」

セージは空になったグラスを振り回しながら、母親の後押しをした。
ローズマリー母さんが、うんざりした声をあげた。

「あんたたち、いい加減にしなさい!ナツメグ、女だから後を継いじゃいけないっていう決まりはどこにも無いわ。シナモン、セージのことは、ひとまず今は関係ないわ。パパが死んだ直後に、皮算用はやめなさい。それから、あんたたちはどうやら私をいない者として扱っているけどね、母さんが一番、パパの仕事を手伝っていて、理解してんのよ?母さんに一票っていう、親思いの子どもはいないの?」
「母さんが継ぐっていうのかい?こりゃあ、おかしいや。」
「義姉さん、お言葉ですが、兄さんの仕事ならオレガノが一番詳しいはずですよ。オレガノさん、あんた本当に、兄さんから何か聞かされてないのかね?」
「私は特に……。本当に急なことだったんで。」
「あんた何か隠してるんじゃないの? 本当は決ってたのに、自分が後を継ぐチャンスだと思って、私たちに黙ってるんじゃない?」
「シナモン様、それはあんまりです。流石に聞き捨てなりません。」

誰も一歩も譲らなかった。

それから3時間ばかり膠着状態が続き、ワインが10本空いたころ、痺れを切らしたナツメグ兄さんが、とうとう拳銃を取り出した。
ポーズばかりの空砲かもしれないし、右利きの兄さんは、左手で握る銃に慣れていない。
すかさずオレガノが、ナツメグ兄さんを抑えこんだ。

「おいオレガノ、邪魔すんなよ。俺はこのふざけた姉貴に用があるんだ。」
「一族を攻撃しようとする者には、誰であれ応戦するのが決まりですので。」
「俺は家族じゃねぇって言うのか?」
「家族の集まりにチャカを持ち込むなんて、なんてヤツだ!今をもって、お前にボスは失格だ。」
「そうよ、そうよ。バカなマネは辞めて、さっさと下ろしなさいよ。」
「なんだと?もとはと言えば、姉貴が変なイチャモンをつけてきたんだろう?」
「イチャモンて、何よ?女が不満なんて、あんた脳みそがまだ20世紀なんじゃない?」

セージの横で退屈そうにしていたタイムが、いつの間にか拳銃を持ってナツメグ兄さんのすぐ下に立っていた。

ナツメグおじちゃん、これ、どこ押せばいいの?」
「おい、なんでガキが拳銃持ってんだ。」
「タイム、いつの間に私の鞄から……」

バーン。
銃声とともに拳銃が破裂し、タイムの脳みそがナツメグ兄さんの顔に飛び散った。

「タイム! ナツメグ、この野郎……」

シナモン姉さんが懐から出したもう一丁の拳銃でナツメグ兄さんの頭をぶち抜いたと同時に、姉さんの頭を半分に折れたワインボトルが直撃した。
投手は、ホワイト=ペッパー叔父さんだ。姉さんはテーブルに突っ伏した。
叔父さんはゆっくり、母さんの方を向いた。

「義姉さん、残念ながら義姉さんが生んだ子どもは、どれもロクデナシみたいだな。俺が後を継がさせてもらうよ。」
「ちょっと、もう、何なのよ……」

それが母さんの臨終の言葉だった。凶器はやっぱりワインボトルだ。叔父さんのピッチングは、本当にうまい。

「おい、クローブ、お前今まで一言もしゃべってねぇけど、俺がボスということで異論はないな?」

3時間ぶりに、僕は口を開いた。

「別にいいですよ。僕はもとから、家族の仕事に興味ないんだ。」
「それは困ります。」

オレガノだ。いつの間にか、ナツメグ兄さんの死体から奪った拳銃を構えていた。

「私が、ボスを継いでスパイス家を守るんだ。あんたとステビアアステルパームの野郎に、乗っ取られて堪るか。」
「なんだと?」

オレガノは何発か撃ったが、叔父さんも動きが早かった。素早くタイムの死体から拳銃を奪い、オレガノに応戦した。
打ち合いの末、2人はほぼ同じタイミングで床に倒れ込んだ。

テーブルには沢山の穴が開き、一面にグラスとワインと人間が飛び散り、父さんが自慢にしていた大広間のクリーム色の壁紙は、今や真っ赤に変わっていた。
セージは、シナモン姉さんの椅子の下にできた血だまりでガクガクと震えている。
どうしたもんかと思いながら、とりあえずセージの方に向かうと、セージは「来るな!」と叫んだ。

5歳の時に目の前で一気に家族を失ったうえ、おまけに人殺しもするなんて、次代のボスは大したタマになりそうだな。
これでスパイス家も安泰だ。

遠のく意識の中、僕はセージがいつの間にか握っていた拳銃の、銃口を見つめた。今日は本当に、いつの間にか人が死んでばっかだ。