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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

自作短編「タイム・インベスター」

我々の一族は、500年前から代々、この職業に従事してきた。
それは、才能のある人物に時間を貸し出し、彼らの創造物によって人類が節約可能になった時間を回収するという仕事だ。いわば、"時間の投資業"である。
才能のある人間にとり、最も必要なものは金ではない。必要なのは、その才能を磨き上げ、開花させるための時間だ。
例えば、リチャード・トレビシックが蒸気機関車を発明するには、彼に与えられたオリジナルの人生、オリジナルの運命は余りに短かった。我々一族が時間を貸与したおかげで、彼はその限られた生涯の間に十分な研究活動へ打ち込むことができ、蒸気機関車を完成させたのである。蒸気機関車の発明が、19世紀の世界において、どれほど人々の生活時間を短縮したか。その投資リターン率は、考える間もなくわかるだろう。トレシビックへの投資は、これまで我々が納めてきた成功の中でも最も優れたケースの1つとして、一族に生まれた者には必ず教え込まれるエピソードだった。
この職業のおかげで、我々一族は普通の人間よりも長く生きることがが可能になった。事実、この稼業を最初に始めた先代は、500年の時を経て今もなお、ピンピンと世界を飛び回っている。

曲がりなりにも200余年生きていて思うのは、人間は、いつの時代も目につきやすい格差に対して怒りを抱きやすい、ということだ。
「俺たちは明日食べる小麦がないのに、あの女は『パンがなければクロワッサンでも』とほざきやがる」、「働いても働いても手取りが増えない一方、たった1%の金持ちが、世界中の半分以上の富を保有している」、云々。
(ちなみに、革命が起こりうる地盤が固まりつつあった時分に、質の悪い風見鶏を持ち、贅の極みを尽くした王妃に対し、我々の一族は誰も投資しなかったから、彼女は約38年間しか生きなかった。)
候補者を見つけると、厳重な査定を重ねた末に、一族会議にかける。そこでGOサインが出たら、いよいよ融資を持ちかける。
「我々が時間を与えるかわりに、富や名誉が欲しくないか?」
この提案に対し、これまでただの1人も、「お前たちが得たリターンの中から、分け前をよこせ」と返す者はいなかった。
我々一族と、そうではない人々を隔てる境界は、そこにある。
肝心なことは、目に見えないのだ。

80年物のウィスキーを飲みつつ、私は久しぶりに、かつて目を付けていたある東洋人の画家の絵を取り出した。
彼の作品は、芸術史を50年は縮めたろうに。彼は私の提案を断り、歴史に埋没していった。
惜しいことをしたものだ。彼の才能に比べれば、セザンヌキュビズムも、素朴で貧しい子どもの思いつきに過ぎない。

永遠を許された我々にもやはり、変えられることとそうではないことは、存在するのだ。