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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

自作短編「喫茶店うしくまの日本株ポートフォリオ」

ショートショート

突き返された企画書を前に、私はしばらくボンヤリしていた。
表紙に記されたタイトルは「喫茶店うしくまの日本株ポートフォリオ」、キャッチコピーは「本当の戦争は、経済だ」。
再来年に、我が社が初めて元請制作をするオリジナルテレビアニメの、企画書である。
老獪な投資家と新米の弟子が、表向きは医療・福祉向けサイボーグ型ロボットの研究開発で時代の寵児となった新興企業の不正を見抜き、株式市場で一杯食わせようと画策する物語である。

これまで作られたロボットアニメのほとんどは、少年少女がある日反乱軍の英雄に選ばれ超人ロボットに乗って戦う、といったような趣旨のものだ。
そうしたドラマは、主人公と同い年の視聴者にとっては、非常に感情移入しやすい。また、勇ましく戦うロボットの姿は、何十万人もの愛好者を引きつけ、玩具やパッケージが売れるであろうことも、想像に難くなかった。つまり、ビジネスとしては非常に手堅い路線なのだ。
何より私自身、そういったアニメが大好きで、この業界に入った。

しかし、現実からかけ離れたファンタジーの世界を舞台に、作り物の興奮と感動で視聴者を熱狂させることに対して、私はいつしか疑問を抱くようになった。
きっかけは、母方の祖母の死だ。彼女は多大な金融商品を遺したが、その殆どが、証券会社の人間が言うことを右から左へ信じて買ったゴミにもならない代物であることが判明した。本人が死んでしまったため、遺族はどうすることもできなかった。
それ以来、アニメという親しみやすいメディアを通じて、知らなければいけないことを一緒に考える作品が作れないかと、思うようになった。

この業界の人間は、ジャンルそのものへの思い入れが非常に強いことと、何より日頃の激務のせいで、世間の出来事に疎い者が多い。給料が下がろうが、税金が上がろうが、そんなことに立ち止まる暇があれば目の前の作品を完パケする方が、喫緊に大事だ。

視聴者も同じである。
退屈な授業からようやく解放された放課後や、仕事から帰ったくつろぎの時間には、頭を空っぽにして楽しむに越したことはない。スクリーンの前でまで、難しいことを考えたくない。
現実の延長上に舞台を置き、華やかなバトルが一切登場しない私の企画は、製作委員会の議題にかける前にプロデューサーから一蹴された。
「これではウケない」というのが最大の理由だったが、彼は「効率が悪い」とも付け加えた。

志が非常に高いのはわかったけれど、望んでいない視聴者に、メッセージが伝わる確率はとても低い。
初めからこうした主題に関心があり、なおかつ真剣に咀嚼する能力がある集団が相手なら、話は別だけれど。

「監督、しっかりして下さいよ。お互い大人でしょ?」

プロデューサーは屈託なく笑うけれど、そうやってみんなが笑ってきたから、今日も誰かのおばあちゃんが、騙されているのではないか?―――