忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

自作短編「マロンの里親」

茶色と白の猫の写真が、目に留まった。
「検討中」のアイコンを押す。

候補に残った猫は5匹だ。
いずれも飼い主は東京都内で、緊急に里親を探していて、面倒な手続きや調査はなし。もちろん、譲渡代は無料。

突然「猫でも飼ってみようかな」という気分になってから、なんとなく情報を収集しているうち、一刻も早く飼いたくなって、私はインターネットの里親募集サイトを検索していた。
何度か5匹を見比べたのち、家から1番近いお宅にいて、おとなしくて飼いやすそうな茶色と白の「マロンちゃん」に決めた。なんでも、祖母が亡くなって引き取ったものの、猫アレルギーを発症してしまい、家に置いておけなくなってしまったとのことだった。
サイトの連絡フォームを開くと、「これまでのペット歴」「応募の理由」などの欄があった。
適当にでっちあげ、メッセージを送った。

翌日、仕事から帰ると、さっそく返信が来ていた。好感触。
それからラインを使ってやり取りをし、飼い主さんが家まで送り届けてくれることになった。
私は張り切って、ケージや餌をひとしきり取り揃えた。全部で結構な買い物になったけど、気にしないことにした。
やってきたのは、若いカップルだ。
マスクをつけた若い女性は「親切そうな方でよかったです」「マロンを宜しくお願いします」と繰り返し、玄関でケージから猫を出すと、帰っていった。パタン、とドアが閉まった。

マロンはしばらく玄関の隅っこにいたが、突然猛ダッシュすると洗濯機の陰に入り込み、出てこなかった。
思ったより大きかった。近づくと、フシャー、ともの凄い声をあげる。
洗濯機の陰から、ギラギラと2つの目だけが浮かび上がる。

夜になると、洗濯機の陰から、ひっきりなしに鳴き声が聞こえた。

ミャーオ、ミャーオ、ミャーオ。

うるさい!と怒鳴りつけると、しばらく黙った後に、また「ミャーオ」が始まる。
仕方ないので、その晩は耳栓をつけて眠った。

朝、起きると、相変わらずマロンは鳴き続けていた。
シャワーを浴びるには、どうしても洗濯機の前を通らなくてはいけない。
忍び足で近づいたのちに、逃げるように浴室へ駆け込んだ。
シャワーの音に反応して、「フシャ―」が聞こえてくる。

どうしたらいいのかわからなかったけど、とりあえず餌と水を置いて、会社へ行くことにした。
玄関のカギを閉めると、外からも「ミャーオ」は聞こえてきた。

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「ただいま」と扉を開けた途端、ドタドタと大きな音がした。

そうだ、マロンがいたんだった――

部屋の様子は、朝と変わらないようだったけど、餌と水の皿がひっくり返り、飛び散った餌の匂いが充満していた。
マロンは再び、洗濯機の陰にもぐりこんだらしい。
ギャー、ギャー、ギャー、ギャー。威嚇の声が聞こえてきた。

SNSで回ってきた猫の画像が、あまりにも可愛かったのだ。
「飼い猫あるある」の投稿も、羨ましかった。
妹が喘息持ちだったせいで、ずっとペットを飼ったことがなかった。
両親と半ば縁を切って、東京に来たのはいいものの、先がわからない派遣バイト生活に疲れていた。

 

私はイライラするために、猫が欲しかったんじゃない。

 

気が付くと、私は脱衣所の窓を開け、猫を追い出そうとしていた。
猫は思ったよりも強い力で抵抗し、ガンと動かない。
何度も掃除機で殴った。
ようやく窓の桟まで押しやったけど、外を見回すばかりで動こうとしない。爪を立て、桟にしがみつく。

えいや、と力を込めた。
猫は半ば落っこちるように、夜の闇に消えていった。

猫がいなくなって、部屋は恐ろしいくらい静かになった。
私は心の底からホッとした。