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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

自作短編「ピンクのかいじゅう」

塾の近くの秘密基地は、5年Bクラスに所属する小学生たちのうち、特定の生徒のものだった。

Bクラスは、特進クラスとCクラスに挟まれたクラスで、テストで何点取ろうとも、先生たちからは「あと30点取れ!上に行けるぞ!」と「このままだとCに落ちるぞ!」としか言われない。
褒メラレモセズ、苦ニサレルノミ。
メンバーの入れ替えが比較的が激しいBクラスのなか、4年生の時からずっとBクラスの「万年B組」は、受験地獄の厳しいストレスを、団結することで発散していた。
塾から駅までの間には、子どもしかくぐれない大きさの穴が開いたフェンスがあり、そこを抜け繁華街の雑居ビルに囲まれたデッドスペースが、私たちの秘密基地だった。

ある日突然、そこにピンクのかいじゅうがいたのだ。
どこから来たのか、わからない。
私たちよりはずっと大きいけど、算数の黒田先生と同じくらい。そのくらいの大きさだ。

かいじゅうは、まだ赤ちゃんみたいで、ピーピーピーピー泣いていた。
初めは恐ろしがって誰も近づかなかったけど、かいじゅうが私たちにきがいをくわえないとわかると、徐々にお世話をするようになった。
バスタオルやTシャツを持ち寄ったり、夕ご飯用のお小遣いから「からあげクン」を買ってあげたり(かいじゅうは、私たちが食べるものならほとんど何でも食べた)、塾の給湯室で沸かしたお湯で身体を拭いてあげたりした。
1番のお調子者の堀川は、「俺がコイツの家作るわ!」という公言通り、どうやって持ち出したのか本当に布団一式を背負って、山手線から降りてきた。
私自身は、かいじゅうが夜は1人ぼっちなのが可哀想だったから、2番目に大切にしていた羊のぬいぐるみ「ひつ」を、かいじゅうに貸してあげることにした。

「ひつって言うんだよ。大事にしてよね。」
「ひつ」

かいじゅうは、「がおー」と「ひつ」と、「お母さんまだ?」とだけ、しゃべった。
お腹がすいてると、「がおー」。
ご機嫌だと、「ひつ」。
それ以外は、「お母さんまだ?」

私たちは、上の2つには首尾よく対応し、最後の質問については「そのうち、来るよ」とか「どこから来たの?」と聞いてみたけど、かいじゅうは「お母さんまだ?」と繰り返すだけで、そのうち「がおー」か「ひつ」に変わった。

かいじゅうが来てから、私たちはテストの成績が落ちるどころか、むしろ上がって、なかには特進クラスに行かされそうになるメンバーも出た。
万年B組の掟は、一度でもBクラスを抜けたヤツは、たとえBクラスに戻ってきたとしても、仲間には入れてやらない、というものだ。
特進クラスに行ける点数を取ってしまった子は、逆にCクラス行きのピンチに落ちた子の勉強を見て、全員で何とか、Bクラスにとどまれるよう協力しあった。
だって、私たちがいなくなっちゃったら、いったい誰が、かいじゅうの面倒を見てあげるの?
大人はもとより、他の生徒に任せることなんて、絶対に考えられなかった。
口の悪い黒田先生からは、「お前ら最近、やる気出しちゃってどうしたの?気持ち悪いなぁ」と揶揄されたけど、当然無視した。

5年生Bクラスは、まもなく6年生Bクラスになり、受験の本番を迎え、万年B組は第一志望に受かった子もいれば全部落ちた子も出た。
人生イロイロ、受験もイロイロ。それぞれ進学先があることは、変わりない。

かいじゅうをこれからどうするか、最後まで話はまとまらなかった。結局「各人ができるだけここに来る」という取り決めとともに沢山の食糧を置いて、みんな秘密基地を卒業した。
2年間の野外生活を経て、すっかりボロボロになったひつは、そのままあげることにした。
中学へ入って、新しい友達や部活で忙しくしているうち、私はかいじゅうのことをすっかり思い出さなくなった。

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遠くの方で、博士の足が怪獣の口に消えるのが見えた。
最新の生物学を応用した懐柔策が、失敗したのだ。
政府の突入部隊の銃が、一斉に火を噴いた。
怪獣の大きな舌が、くるくると宙を飛んだ。

一同が駆け寄ると、博士は既に息を引き取っていた。
数百人の犠牲者が出た一連の事件を究明する最後の切り札として期待されていただけに、博士の死は対策本部にとって、大きな痛み分けとなった。

一人の調査員が、倒れている怪獣を起こし、傍にあった布団に連れていき、5メートル先に落っこちていたぬいぐるみと一緒に、そっと布団をかけた。
怪獣の口からは、息が漏れる音が絶え絶えに聞こえた。

 

「お母さん、来るかな?」
「……そのうち、来るよ。」
「ひつ」
「うん」