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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

翻案小説「バースデイ・ケーキ」

ショートショート

村上春樹編・訳による短編小説アンソロジー『バースデイ・ストーリーズ』に収録されている、ダニエル・リオンズ「バースデイ・ケーキ」(The Birthday Cake)を元ネタに……というより、設定をほぼパクって、書きました。

すごい好きな小説なんですが、原作が持っている切ない切れ味には、とうてい及びませんでした……

 

 

 

アンジェリカ婆さんが、なんのためかはわからないが、ロレンツォの店で毎日ケーキを買っていることは、ご近所だけでなくネズミの間でも、有名だ。
自分で食べるわけではない。店から帰ると、テーブルにある古いケーキを捨て、新しいケーキにすげかえるのが日課だった。
婆さんの家は、食材があちらこちらに転がっているから一見天国に見えるけれど、彼女はネズミが大嫌いだったから、見つかると何をされるかわからない。
深夜を待って、ゴミ箱に捨てられた古いケーキに手を付けることが、暗黙の了解だった。

ある日の昼に、1匹のネズミが、アンジェリカ婆さんの留守をねらって、新しいケーキに口を付けた。
そのネズミは新参者で、何かと除け者にされていたから、まともな食事にありつくのはとても久々だった。
空腹に加えて、初めて食べるケーキがあまりに甘くてクラクラした。

(ああ、なんておいしいんだろう……この家は最高じゃないか!)

家に戻ったアンジェリカ婆さんは、ケーキが半分に減っていることに気が付いた。

「もう行っちゃったのかい?もっと食べておいきよ!遠慮しないんでいいんだよ。 」

物陰から様子をうかがっていたネズミは、次の日から、昼間に新しいケーキを食べるようになった。
周りのネズミからは大変な反発を買い(ゴミ箱に捨てられるケーキが半分になったからだ)、床下や天井に立ち入らせてもらえなくなった。
相手は所詮どんくさい婆さん。部屋の隅でじっとしていれば、どうせ見つからないや。
ネズミは仲間の仕打ちを気にするのをやめ、アンジェリカ婆さんの部屋で暮らすことにした。

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「クソババア!きちがい!」

ロレンツォのケーキ屋の前で、若い女の罵声が響いた。

「どうしたの、あれ。」
「アンジェリカ婆さんが、マリアンナにケーキを譲らなかったそうよ。」
「今日、確か息子さんの誕生日でしょう?他にケーキはなかったの?」
「息子さん、ほら、アレルギーじゃない。生クリーム使ってないの、アンジェリカ婆さんのやつしかなかったみたい。」
「まぁ。マリアンナもかわいそうに。」
「まったく、婆さんもボケてるとはいえ、しょうがないわねぇ。」

勝手に言ってろ。
息子の誕生日の準備を、事前にきちんとしておかないで、何が母親だ。
私は、ロレンツォのところで毎日このケーキを買ってるんだからね。

マリアンナの怒号も、立ち話で騒ぐ通行人たちも無視して、アンジェリカ婆さんは右足を引きずりながら、アパートに帰った。
部屋に入ると、テーブルの一角に置いてあった昨日のケーキを、新しいケーキにすげかえた。

「ほら、マリオ、お前が好きなタルトだよ。今日こそ顔を見せておくれよ。」

 

次の日から、ゴミ箱にはまた、口の付けていないケーキが捨てられるようになった。
部屋からネズミの死骸が見つかったせいで、アンジェリカ婆さんはしばらく騒いでいた。