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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

雑な感想:『ライチ☆光クラブ』を見てきた

映画

密室惨劇にしては、密室成分が足りない。

 ※ややネタバレしています。ご注意下さい。

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池袋HUMAXシネマズ、サービスデー料金1100円で、見てきました。思ったよりお客さんは入っていて、女性率高め。

そもそもは、東京グランギニョルの演劇『ライチ光クラブ』(1985年、1986年)が原作だそうです。それを、舞台に感銘をうけた古屋兎丸先生がマンガ化。今回の映画は、古屋先生の作品がベースになっています。
私自身は、舞台の方は私が生まれる前なので残念ながら未見……というのはさておき、キネ旬の「今月の新作」的なコーナーで今作を知り、慌ててマンガを買って映画館に駆け付けた、という程度の者です。

舞台でもマンガでも、お話は結構シンプルで、「大人になんてなりたくない!」という気持ちを持った14歳の少年グループ・光クラブが、内ゲバの果てに全滅します。
そこに、密室劇ならではの込み入った心理戦が交錯する感じ。(ちなみに舞台とマンガは、大枠の設定は共通するも登場人物の関係に結構違いがあるらしく、以下、映画と比較するのはマンガの内容です。悪しからず。)

ライチの実が燃料の人型マシン「ライチ」を作り、永遠の美を求めて少女を拉致監禁したところ、ライチと少女がうっかり恋に落ちちゃって……みたいな話も大きく扱われるんですが、これも、「汚らしい大人よりは純粋なロボットの方がいい」というあたりに成立した恋愛だと思われるので、やっぱり根底は、「汚らしい大人になんてなりたくない」という、思春期特有の感覚がベースにあります。

この映画を見て、まさか「そうだ、大人は汚いんだ!汚い大人になるくらいなら死んだ方がマシだ!!光クラブ万歳!!!」と強烈に共感する人は、(恐らく)いないでしょう(いたらごめんなさい。そういう純粋さも大切です)。彼らに肩入れするというより、「行き過ぎた思想に囚われた少年少女が、追い詰められて自滅に至るまでの残酷ショーをお楽しみ下さい」という、一種の「密室惨劇モノ」として鑑賞しました。

結果的には、奮闘していますが、「もうひとこえ……!」と感じました。

こういう内ゲバモノの肝は、密室の説得性にあると思うんですね。

例えば、若松孝二監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』。山岳ベースという逃げ場がない空間だったからこそ、純粋(=バカ)な学生達が精神的に追い詰められ、狂気の水位がじわじわ上がっていく様が、異様な説得力を持っていました。

それに対して今作は、そもそも中学生が街角に作った放課後クラブということもあり、「こんな惨劇が起きる前に、止めるなりクラブを辞めるなり、他に選択肢があったんじゃないか?」というのが、どっかで引っかかってしまい……
少年たちの居場所が、物理的にも精神的にも光クラブにしかないことの説得力がちょっと弱く、どんなに血がプシャー!となっても、どこか冷めた気持ちになってしまうんですね。例えるなら、友達から何度も注意されているのに、DV彼氏と全然別れようとしない女、みたいな?(汗)

それを象徴するのが、主人公の性格変更と、映画のオリジナルシーンです。

まず、主人公のタミヤくんについて。
彼は、光クラブのもともとの所有者で、仲間はずれにされていた転校生のゼラを友達に入れてあげるような、優しくて正義感が強い少年です。そのゼラが、皮肉なことに、光クラブナチスばりの独裁体制を敷くリーダーになってしまいます。マンガでは、タミヤはゼラに反発を抱きつつも、ゼラがいないところでゼラが得意なチェスを練習したり、学生服の第一ボタンをこっそりはずしたり……くらいの反抗しかできない、弱さも持った少年でした。
ところが映画版では、そのような「こっそり反抗」がばっさり消され、彼はとことん、友達思いで正義感が強い主人公でしかありません。
タミヤがこれまでゼラに従っていたのは、「この秘密基地のリーダーはもともと僕だ!」という意地と、ゼラの言いなりになってしまう他の幼なじみを案じてゆえなのでしょうが、それにしても、「こんな真っすぐな子が、どうしてこんな歪んだ場所にいるんだ?」という違和感が、マンガ以上に際立っているような気がしました。
映画だとどうやらサッカー上手みたいだしさ、こんなクラブさっさと辞めて、サッカー部に行っちゃえばいいじゃん……。

また、映画はオリジナルシーンとして、クラブ近くの海岸沿いで、小学校の時に作ったタイムカプセルを偶然発見した幼なじみのメンバーに、タミヤが「ゼラはおかしい!光クラブを辞めようぜ!」的なことを呼びかけるシーンが、追加されます。これは、タミヤの良さを印象づける素敵なシーンです。
が、ロケーションがそれまでの秘密基地という狭い空間から一転、開放的な海であることも合わさって、「彼らには光クラブ以外の選択肢も普通にあるんだよな」ってことを、強調してしまっているように思いました。

普通に考えたら、内ゲバに至るような集団なんて普段からマトモじゃないわけで、知らないで入っちゃうのはしょうがないとしても、途中で「なんかヘンだなぁ…?」と気付いて辞めるだろ、というか気付けよ!って感じです(国家ぐるみでカルト化するならまだしも、たかが中学生の放課後クラブですし……)。

そもそも、これは舞台という、逃げ場がない密室のメディアだからこそ許された設定だと思うんですね。
舞台だったら、少年たちが狂気に陥るまでの出口のなさ、息苦しさを、力技で空間ごと観客に同期させることができますし、凄惨な内ゲバにも臨場感が増します。たぶん、見終わった後2、3日寝込むレベルです。

マンガには、その迫力が今一つ出しきれてないと感じられ、「これ、舞台だったならきっと面白かったんだろうなぁ……」という惜しさと、「うーん、こんな変な事態が起こる前に、どうして誰も逃げなかったんだ?」という疑問が、最後まで拭えませんでした。
だから、今回の映画版については、臨場感という点では舞台には劣りますが、密室のメディアであることには変わらないなので、「ひょっとしたら原作の舞台に近いヤバイものが見れるんじゃないか」と期待していただけに、ちょっと残念でした。

 

他にも、ゼラの血が入ったライチ酒を飲み干す件(マンガの方が衝撃的だったよ!)とか、 誘拐された少女・カノンちゃんが性格が普通の子になってるやないかーい!とか、全体的にテンポ遅いよー!とか便器はー?!?!?!とか、色々あります……

 

「中学生の内臓がポロポロする作品をよくぞ映画化してくれた!」という、プロデューサーさんやスタッフさんや出資会社さんたちの心意気、勇気には、感服しました。
動くライチは思っていた以上に迫力があってバケモノ感が出ていましたし、なんと声が杉田智和さん(笑)

万人におススメできる作品では決してありませんし、グロ大好きな方にとっても食い足りないのは否めませんが、原作がお好きな方は、ぜひ劇場で。

 

追記:出演されている役者さんがほとんど成人なのは、お顔立ちに満足したせいか、そこまで気になりませんでした(最後の「僕は明日で14歳……」には、ちょっと失笑でしたけど……)。

カノン役の中条さんが美しいのはいうまでもなく、男性陣もゼラ役の古川さん、ジャイボ役の間宮さん、雷蔵役の松田さんは、原作のビジュアルを再現するのに奮闘していたと思います。
個人的には、ニコ役の池田さんが、とてもいい味を出していました。