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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

自作短編「老いのはる」

この頃、実家の母親から、頻繁にメールが来るようになった。
スマホを持っているものの、覚えるのが苦手で放置していた母は、いつもパソコンからメールを送ってきた。
最初は、定年退職したお父さんの愚痴や、今朝の天気予報はどうだとか、地元の動物園にクジャクが来た、など、他愛ない内容だった。
しかしある日、「ねぇ、いま流行っている『おそ松さん』って知ってる?」というメールを皮切りに、深夜アニメ、それも女性向けアニメの話題ばかりしてくるようになった。
私は実家にいたころ、つまり中高生の時から、深夜アニメを見るだけでなく、電車を乗り継いで他県のアニメイト同人即売会にも出入りするようなオタクだった(それは、社会人1年目を迎えた今でも、絶賛続いている)。父は、私がアニメや漫画にハマることに対して何かといい顔をしなかったが、それに対し母は「好きにさせればいいじゃない」と擁護してくれ、私が漫画を読んでいるとふざけ半分で覗き込んできたりした。
だから、母の突然の「開眼」には少々驚きはしたものの、大方、私の部屋を勝手に漁ったんだろうと予測がついた(18禁の同人誌は全部こちらに持ってきているから心配はない)。
自分が好きなものを他の人が気に入ってくれることは、それが誰であれ嬉しいことだ。
母は、目下のところ放送中の作品を追いかけていたが、熱心に過去作でのおすすめも聞いてくるようになり、とりあえず『ハイキュー!!』や『Free!』あたりを勧めた。それらの作品は、腐女子目線でなくても普通に面白い作品だが、母はしばらくしないうちに見事に腐り、pixivのアカウントも作ったようだ。母娘の会話にはどうかと憚られるような同人情報も、同性同士の気楽さも手伝い、交わすようになった。
ゴールデンウイークは、池袋のナンジャタウンで買った『ハイ☆スピード』のイベント限定グッズをしこたま携え、帰省した。もちろん、母へのお土産である。
 
「ただいまー。」
「お帰りなさい。電車、混んでなかった?」
「大丈夫だよ。駅前の商店街、またずいぶんお店潰れたね。」
「そうなのよ。まぁ、イオンがあるし仕方ないわよね。お昼すぐ作るからね。」
「うん、お願い。これ、お土産。お父さんは?」
「書斎よ。あらあら、こんなに沢山ありがとう。アラ、またずいぶん面白いもの買ってきたのねぇ。あんたが好きなやつでしょう?」
「は?お母さん、『ハイ☆スピード』だよ?遥推しだって、言ってたじゃん!」
「え、お母さん、そんなこと一言も言ってないけど?」
「あれ、もしかして違う子推しだったっけ?てか、お母さんに頼まれたから、ナンジャタウン行ったんだけど?」
 
母が本当にキョトンとしていたので、私はだんだん不安になった。
 
「あんた、誰かと勘違いしてるんじゃない?」
「いつもメール来れてるじゃん。」
「メール?あんたにメール、送ってないわよ。スマホだって、去年の夏教えてもらったけど、やっぱりずっと触ってないんだから。」
 
私は誰とメールをしていたんだ……?
 
「パソコンからメール来てんの?だったら、お父さんじゃない。よく、いじってるみたいだし。」
 
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父の書斎を開けると、父はいつものようにこちらに背を向けて座っていた。
何から話せばいいのか、わからなかった。
しばらく沈黙が続いた後、先に口を開いたのは父だった。
 
「アニメの会社、本当に忙しいんだな。中国の春節前後は大変だって、インターネットで読んだ。」
「お正月、帰ってこれなくてごめんね。」
 
父が振り返った。
 
「で、ギョウザ、うまかったか?」
「ううん、ああいうイベントの食べ物って、萌えるけど味はクソまずい。」
「はるちゃんのクッションは?」
「お母さんに渡してるから下にあるよ。てか、はるちゃん?!」
「はるちゃんははるちゃんだろ。ちなみに、まこはる推しだ。はるりんは認めん。」
 
ナンジャタウンのイベントは、遥凛推しの私にとっては正直あまり旨味がなかったけど、それでもグッズを買うために上司に平謝りをして平日初日に行ったことは、内緒にしようと思った。