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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

自作短編「マナー」

世界遺産にも登録されている王宮が来年に改修工事を終えることにあわせ、ベンジャミン王国は観光政策に力を入れており、日本に対しても、伝統芸能をアレンジした名物ショー「ジャミンジャミン」を無料公演することに決めた。
 
「ジャミンジャミン」はダンスや歌を中心にした見世物で、ベンジャミン王国出身のイケメングループ「ベンジャミナ」も出演していたから、チケットの一部ははネットオークションで高値で取引された。
 
ショーの当日、新聞やネットなどあらゆるメディアを通じて抽選された約3,000人の招待客が、赤坂に詰めかけた。
大学でベンジャミン文化を研究していたRは、研究室に届いた招待券を運よく手に入れ、開場を待ってホール前にできた列に並んでいた。
ベンジャミナも気になるが、もちろんベンジャミン民族の風俗研究が目的だ。
 
1月の寒空の下、開場の時間が過ぎても、列は動かない。
 
アルバイトらしきスタッフが「リハーサルが押しています。少々お待ちください」と叫んで回る。
 
目の前にいるおばさんは、スタッフが通るたびに「冗談じゃないわよ~」「中に入れなさいよ」と声をあげながら、カレーパンを食べていた。
 
後ろにいたおばさんは、横断歩道やコンビニの前で分断され、何組にも別れたブロックを見ながら、「あっちのブロックよりこっちが先よね。そんで、次はそっちで……」と、どのブロックがどの順番で入るか、熱心に予想を立てている。
 
Rの隣にいたおばさんは、「ねぇあなた、おひとり?本当は妹と来るはずだったんだけど、彼女、クリーニング屋さん休めなかったのよ。お休みもくれないなんて、ひどいじゃない?」と話しかけてきた。
 
Rは、通りかかったスタッフに声をかけた。
 
「並んでいるのしんどいんで、一端抜けて、また戻ってきてもいいですか?こんなにうるさいんじゃあ何にもできやしない。」
 
Rは待ち時間のために『ベンジャミン・ダンスと来世、あるいはベンジャミン猫のライフサイクル』を持ってきていたのだが、喧噪で全く読めないでいた。
 
そのスタッフは、ついさっき、いちゃもんを付けるおばさんのグループを何とか宥めすかしたばかりだった。
 
「いい加減にしなさいよ!どいつもこいつも、タダで見せてもらってんのに、どうしてお行儀よく待ってられないんだよ!」
 
リハーサルの終了時刻は、まだまだ目途が立ちそうにない。