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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

自作短編「ここだけの銀座ルール」

ショートショート
T氏を乗せたタクシーは、K氏の指示で、銀座の一角に止まった。
「このあたりで1番のお店ですよ」と満面の笑みを浮かべるK氏に続いて入った地下の店は、狭い入口からは想像もつかない高さの天井と広さを誇る高級クラブ。
 
(役人も、こんなところで遊ぶもんなんだな。)
 
そこそこ名の知れた総合病院の跡取り息子で、それなりに遊んできたつもりのT氏だが、ぎらつくシャンデリアと赤い絨毯に眩暈を覚え、思わず下を向いた。
どうやらK氏は 、店ではずいぶん顔なじみのようだ。
どこからともなく現れた黒服は、K氏と二、三言うなずきあったのち、にこやかにT氏の方を向いた。
 
「こちらへ。」
「あれ、Kさんは……」
「いいんですいいんです、ご紹介も兼ねて、今日はゆっくり遊んで行ってやって下さい。私はちょっと、先約があるんで。」
 
K氏が顎を動かすと、数名の女性が「や~んKちゃん、待ってたよー!」「こないだのメール、返信くれなかったでしょう!」と叫びながら、小走りに向かってくるところだった。
 
「Tさんは将来有望なんだからね、いい娘つけてあげてね。」
「何それ!私もそっち行きたい~」
 
なるほどと頷きながら、T氏は黒服の案内に着いて行った。
 
通されたのは、落ち着いた雰囲気の個室で、華やかな喧噪はだいぶ遠くに聞こえた。
一服しているうちに、黒服の声がした。
 
「失礼します。まこさんです。」
「……お待たせしました。どうぞ初めまして。」
 
(あれ、こんなもん?)
 
まこと呼ばれた女性は、ベージュのドレスを纏い、太っても痩せてもいない程よい体型だったが、肝心の顔だちは店の華やかな雰囲気に似合わず、極めて凡庸だった。
内心少々がっかりしたT氏は、「ああ」と生返事をした。
 
「まこさんは、この店のナンバーワンなんですよ。」
「やだ、田森さんったら。ほら、行った行った。」
 
この外見で、ナンバーワンなのか?
T氏は彼女に興味を持ち始めた。
 
「Kさんのお知り合いなんですよね?いつもお話は伺っていたんです。お会いするの楽しみにしてました!」
「そうなの?Kさん、なんて言ってるの」
「まぁそれは、後でゆっくり。それより先に、何を飲まれます?」
 
まこさんは、よく見ると八重歯が可愛らしい。それに笑顔が人懐こい。
彼女への関心も合わさって、だんだんと気を良くしてきたT氏は、手始めに赤のボトルを頼み、それからしばらく経たないうちに、店で1番高価なキープボトルを入れた。
 
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それから1年半後、大物政治家への違法献金の疑いで、ある総合病院の院長が逮捕された。
いつものようにお店へ訪れたK氏は、広めの個室にまこさんや数人のスタッフを呼び、豪勢にドンペリを開けさせた。
 
「さすがナンバーワン、今回も楽勝だったかな。」
「買い被らないで下さいよ!あのひと私にデレッデレなのはいいんだけど、肝心の仕事は全然任されてないみたいなんだもん。大変でした。」
 
やがて、黒服がグラスを配り終えた。
 
「何に祝して?」
「もちろん、これからもわがクラブの繁栄に。」
 
グラスの音が響いた。
 
「ところでまこちゃん、ずっと聞きたかったんだけど、ナンバーワンのスパイでいるコツってなんなの?」
「そうですね、まずは見た目ですかね。オーラがない顔立ちって、この仕事には結構役に立つんですよ。」