忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

自作短編「ヴェルサイユの小原さん」

小原さんは、小さな映画館で働いている。
ひっつめた黒髪がトレードマークの、キツネのような女の人だ。誰も年齢を知らなかったが、職場で一番長く勤めていることは確かだった。

小原さんは、お昼になると、職場に置いている小鍋に家から持ってきたハンバーグを開け、お客様用のコーヒーを作るコーヒーメーカーの余熱でぐつぐつ煮込む。職権乱用どころか、お手製の自称「ブルゴーニュ風」ソースの匂いが映画館のロビーにまで広がるので、はっきり言えば大迷惑だったが、誰も注意しなかった。周囲の対応も含めて、新人は誰もが度肝を抜かれた。
一度、本人にツッコんだ猛者によると、ハンバーグもソースも、週末に7日分作って冷凍しているという。ハンバーグが温まると、出勤前にメゾンカイザーで買ったフランスパンを取り出し(いつもメゾンカイザーだった!)、ソースに付けながら平らげる。
夏でも冬でも、365日これが小原さんの昼食だった。

小原さんは、宝塚歌劇団の大ファンでもあった。
すべての公演に必ず1度は行くし、毎年1回、宝塚まで欠かさず出かけていた。
それどころか、どうやら自宅で、宝塚のスターが着ているようなドレスを作っているらしかった。
職場の中で唯一、小原さんとよく会話をしていた私は、写真を見せてもらったことがある。

「コスプレですか?すごいですね!」

すっかり感心した私に、彼女はピシャリと返した。

「違うわよ。着るために作ってるの。」

毎日フランス風のハンバーグを食べて、フランスパンを食べて、宝塚歌劇団が大好きで、自分でドレスも作っちゃう、そんな人だった。

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そんな小原さんが、ある日突然、仕事を辞めた。
支配人には「一身上の都合」としか伝えていなかったそうで、周りは様々に噂をした。
「小原さんに限って結婚はない」という意見だけは、みな賛成だった。

あれだけ宝塚が好きだったんだから、何か関連する仕事に変えたのかな。
それにしても、一言くらいくれても良かったんじゃないかな……

1年くらいが経った頃、普段は新作をやる映画館が開場40周年記念に、オープン時に初めて上映したという、フランスの古い恋愛映画を上映することになった。
何かしらの賞を取ったようだけど、聞いたことのない作品だ。

私の映画館では、終演と同時に劇場の扉を開けるため、映画が終わる5分前に、スタッフの誰かしらが会場に入ることになっている。
初日にその係をやった先輩が、「エンドロール前のシーンだけはちょっと豪華だよ」とはしゃいでいたのを聞き、少し期待しながら、終演間近の会場に滑り込んだ。

スクリーンの中では、いくつものシャンデリアをぶら下げた豪華な広間を会場に、何百人もの貴族たちがダンスを繰り広げていた。
そして、その中に1人だけ、キツネ顔の東洋人の女性がいた。身体の線に合う一段と綺麗なドレスを着ていた。

(あ、小原さん。)

小原さんは、画面の隅っこで小さくウィンクすると、踊りの輪に消えていった。