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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

自作短編「それぞれの映画鑑賞」

A社は前橋にある食品会社だ。今年で創立80年。創業以来、変わらない味をご家庭へお届けします。
「だろうな……」と、アナリストHは毒づく。
よく言えば現状維持、悪く言えば何も革新を行っていない会社。ここ数年の株価は横ばい、取引相手との持ち合いも多い。革張りのソファや古びた壺のある仰々しい社長室で、三世社長がふんぞり返る姿が目に浮かぶ。何のために上場しているのかわからない、全く興味が持てない会社だった。
しかし、仕事なので仕方なく調査を行い、会社訪問に出向いた。
 
工場見学や重役との面談が終わり、そろそろお開きという頃、出し抜けにI社長が話しかけてきた。
 
「Hさんは、休日は何をなさいますかな?」
 
(いきなり、なんだ……)と思いつつ、Hは答えた。
 
「そうですね、運動が不足がちな生活なので、プールに行ったりジョギングをしたり……あとは、家で映画を見たりです。」
「ほう、映画ですか。どういった作品がお好きなんですか?」
「そうですね、昔のハリウッド映画が好きですね。『ゴッドファーザー』なんかです。」
「ああ、あれはいい映画ですなぁ!ちなみに、どうしてです?」
 
内心、『ゴッドファーザー』は誰が見たって最高に決まってるじゃろボケェエエ!と鼻白みながら、Hは続けた。
 
「色々理由はありますが……やっぱり、映画史における意味合いですね。マフィアものってジャンルは、『ゴッドファーザー』から始まりましたからね。それに脚本、音楽、光と影の使い方、役者の演技、どれを取っても一級品です。ディック・スミスによるブラントの老けメイクなんかも、後世の作品に多大な影響を与えました。色々な映画ランキングに必ず入るのも、納得します。」
 
I社長は、「うむ」と答えてしばらく沈黙した後に、口を開いた。
 
「私事にはなりますがね、私は実は、この会社を継ぐ気はさらさらなかったんです。ウチの商品は、給食でも使ってもらってるでしょう。子どものころ、周りからからかわれたりしましてね……。こんなチンケな会社なんて継ぐもんか、東京で一旗揚げてやる!って、家を飛び出しました。でも、まぁ、そううまくいくもんじゃないです。金も底尽きて、意欲もなくなって、何もかもダメだ……って時に、あの作品を見て、前橋に帰る覚悟ができました。」
「……そうだったんですか。」
「マーロン・ブロントもいいんですが、やっぱりマイケルですね。彼の偉いところは、変えられないことを受け入れながらも、変わるところを変えようとしたことです。大事なのはね、全部が全部、変える必要がないってことです。」
 
とまぁ、私なんかはこういう観方しかできないんですが、Hさんはさすがに批評家ですなぁ。次はぜひ、映画談義をお聞かせください。
そう言って、I社長はHと固く握手をした。
Hは沢山の自社製品とともに社用車で駅に送迎され、帰路についた。
 
新幹線の中で、Hはタブレットを取り出し、社内の情報共有システムに「A社株:却下」と打ち込むと、ぼんやり車窓を眺めた。
前橋には二度と行かなかった。