忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

自作短編「蟻さんとキリギリスさん」

蟻とキリギリスは、昆虫大学経済学部に所属する仲良しです。
 
4つ年上の兄を持ち、就活の苦労をさんざん聞かされてきた蟻は、入学と同時にクリケット社のOBが多いラグビー部へ入りました。
ラグビー部は週5で朝練をやるような部活でしたが、蟻は決して練習を休まず、先輩たちから気に入られました。
一方で学業もおろそかにせず、成績がオールAなのはもちろんのこと、2年の冬にはTOEICで990点台を叩き出すようになりました。
1年の秋から付き合い始めた彼女とは、あいかわらずうまくやっています。
 
キリギリスは、サークルに入らず、授業にも出席せず、毎日楽しく飲み歩いていました。
渋谷で出会ったテナガカミキリの手ほどきで、アンデスの民族楽器を一通りマスターしました。お気に入りの楽曲はもちろん、「コンドルは飛んで行く」です。
そのうち、飲み屋で出会ったラッパーに気に入られ、彼がMCを務める深夜ラジオに顔を出すようになりました。
 
仲が良かった2匹は、次第に顔を合わせることが少なくなりました。
 
就活の解禁とともに、蟻は入学前からの目論見通りクリケット社の内定を取りました。
クリケット社は、世界で3本の指に入る大きな金融会社です。友達はみな彼をうらやましがりました。
キリギリスは、就活などはどこ吹く風で、菜食生活を始めました。最近ナンパしたカイコの女の子が、熱心なヴィーガンだったからです。
グルテンミートも意外と悪くないというのが、最近で1番の驚きでした。
 
卒業間近の寒い日に、キリギリスの留年が決まると、蟻はたいして驚きはしませんでした。
手続きの都合で学校に来たキリギリスに、蟻は声をかけました。
 
「キリギリス、そんな調子で、これからの人生どうするつもりなんだ?」
「うるさいな、俺はお前みたいに大人しく会社に入るなんて、まっぴらごめんだね。」
「そんなこと言ったって、君がいま遊んでいられるのは、誰かが働いてくれているおかげだろう。いつまでも遊んでちゃいけないよ。」
「なぁ、別に会社に入らなくたって、自分の生活費くらいなんとかなるだろう?そのうえで好きなことをしていて、何が悪い?お前なんて本当の楽しみを知らない、ただの工業製品だ。」
 
口論はしばらく続きます。
 
ニートのなんちゃって演奏家よりは、年収2000万円の工業製品の方が全然マシだと思うけどね。」
「それは、お前が偉いんじゃなくてお前の会社が偉いだけだ。とっとと消えろ。」
「そっちこそ。」
 
それ以降、2匹は連絡を取り合うこともありませんでした。
 
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10年後の夏に、同窓会が開かれました。
蟻はブランドもののスーツをビシっと決め、左手には指輪を光せています。
一方のキリギリスは、Tシャツにサンダルといういで立ちでした。
 
時計が0時を回った後、キリギリスのテーブルに蟻がやってきました。
 
「毎日とっても幸せなはずなのに、なぜか眠れないんだ。どうしたらいいんだろう?」
 
飲み会に飽きたキリギリスは、持ってきたジャンプを読みながら、心配事に夢中になっていました。
今の彼女に追い出されたら、どこに住めばいいんだろう?
夕飯にマヨネーズかけただけで家を追い出す女って、ありえなくないか?
だから、蟻の声には気がつきませんでした。
 
来週の会議の準備がまだだったことを思い出し、蟻は終電で帰りました。
キリギリスは彼女のことを考えながら、久しぶりに会ったカイコの女の子を眺め、悪くないなと呟きました。