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忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

自作短編「手作り猫ごはん」

Sさんは、ついさっき軽井沢から抜け出してきたような清楚な顔だちをしていて、女の私でも時折ドキっとするくらい、肌が白かった。
それでいて、好きな異性のタイプを聞かれると「……舘ひろし?」と返すような、浮世離れしたところがあった。働き始めて3年経った今でも、お客様の注文を取り間違えたり、若い女の子に対するちょっかいを真に受けたメニューをキッチンに通して、調理スタッフを混乱させた。
それでも雇い主としては、突然シフトに穴をあけたり、ネイルを落としてこなかったりする学生バイトに比べたら、週5で出てくれる彼女は頼りにしていた。

「Sさん、ちょっと早いけど休憩入っていいよ。今日はダメだねぇ、夕方から雪になるっていう天気予報のせいだなぁ。」
「わかりました。……そういえば店長、鶏肉って仕込みで余ってましたっけ?頂いてもいいですか? 」
「あー、余ってるよ。なんで?」
「最近、ペットを飼い始めたんです。食べさせてあげたくて。」
「へぇ、そうなんだ。うーん、本当はそういうのだめだけど……」

まぁ、どうせ捨てることになるし。
何より頼み主はSさんだ。

「今回だけよ。」
「ありがとうございます!」
「他の子には内緒ね。ちなみに、なに飼いはじめたの?」
「……ひみつ。ゆうじろうって言うんです。横顔が裕次郎にそっくりなんですよ!」

Sさんらしいネーミングセンス。たぶん猫だな。

「今度、店長にも会わせてあげますね。」

それ以来、Sさんは会うたびにゆうじろうの話をしてくるようになった。
トイレの世話が大変だということ、市販品をあげたくないから出来るだけ手作りの食事を作っていること、自分にとっては初めてのペットだから大変なことも多いけど、ゆうじろうが家にいてくれるおかげで毎日とても幸せだということ……
前々から不思議な子だとは思っていたが、まるでSさんの生活はすべて、ゆうじろう中心で回っているようだ。
私も昔、猫を飼っていたことがあったから、飼い始めの頃を思い出して、少し微笑ましい気分になった。
私の猫は、猫のくせにオムレツとかおじやを平気で食べた。
その時のレシピを教えてあげたら、さっそく翌日、「全部食べてくれました!!」という報告が来た。

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その日は、週に1度の、開店作業をアルバイトに任せて遅くに出勤する日だった。
店の前に、2台のパトカーが止まっていた。
考えるよりも先に足が動いて、急いで店内に入ると、制服の警察官を従えたコートの男が、私を見るなり尋ねた。

「あなたが店長ですね?ここに、Sという従業員がいるのは確かですか?」

それから数日間のごたごたは、今でも思い出したくもない。

とあるマンションの一室で、身元不明の男が食物の大量摂取および内臓破裂で死亡しているところを、近隣の住人の通報で発見された。
部屋の持ち主と男との関係は不明だが、聞き込み調査により、男はマンションの周辺路上で暮らす、いわばホームレスだということがわかった。
監禁・殺人罪で起訴されたSは現在審理中で、「現代に甦った愛のコリーダ」と、連日のワイドショーを賑わせた。

報道された被害者の顔は、石原裕次郎には似ても似つかなかった。