忘れるためのなぐりがき

短編小説や、映画・アニメの感想を書いています。

#ポップコーンムービー好き20代から見た、すあまと落語

・現代ではマイナー
・シンプル、素材が少ない
・一生食べれる
・名前だけ聞いてもピンと来ないけど、一度食べてみると良さがわかる
・大抵の年配の方は、ちゃんと説明すると「あー、これか!」って思いあたる節を持っている
・個人商店に売ってることが多い。日本からそういうお店がなくなったら、つまらない。

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Demerara Bakeryのスコーンにキャッキャするのも楽しいが、一軒家の和菓子屋さんに興味を持つような人は、きっと落語も好きになる。

雑な覚書:「信仰」の勧め方について

私は映画館や美術館が好きで、結構な頻度で行きはするが、そうではない人に映画館や美術館をお勧めする際、以下のようなロジックを気に入って使っている。

【映画館】数千万~数百億円の製作費をかけて作った動画を、たった1800円で見れるのって、得じゃない?
(※自主制作や、あるいは殆どそれに近い作品については、ふだん映画を観ない人にとっては良さが分かりづらい場合が多いので、そもそも勧めない)

【美術館】陳列してあるものの値段(数十億円)を考えたら、たった1000円前後で見れるのって得じゃない?

つまり、「〇〇円のものを、たった✕✕円で垣間見ることができる」という、金銭的なお得感を打ち出すのだ。
このような物言いをすると、相手が実際に足を運ぶかどうかは別にしても 「そっか、そう考えると実は結構いいものなのか……」という感じで、映画館や美術館に対し少なくとも親しみを持ってもらうことに成功している、ような気がする。

このような書き方をすると、まるで私は「人や物を全てお金に換算する超ろくでもないヤツ」のように見えるが(実際、その気がないのではないが……)、心の中では「そうじゃない!」と叫ぶ部分あるからこそ、あえてお金に頼るロジックは意外と「アリ」だと考えている。

ある対象に、お金には換算できない価値を信じて、お金を払えるかどうか。
本来ならば貯蓄に回した方がいいような金額まで、あるいは将来に借金をしてまで、後先考えずにぶっこめるかどうか。

その対象は、人によって実に様々であり、さしずめ百人いれば百通りの違う「宗教」があるといったところだ。
「自分はこれが好きだから、あなたも好きになって!」というロジックは、お勧め方法としては一見極めてまともだが、ともすると改宗の強要になりかねない。
すなわち、一見相手を思った好意に見えて、実は相手の信仰を尊重していない。

誰にでも、その人なりに人生色々なことがあった結果、その人の信仰へたどり着いた……ということに想いを巡らせた時、各人の信仰に割くリソースを、そのほんの一部でも自分の宗教に回してもらうことには、よっぽど何か強い「正当性」が必要である。(また同時に、相手の宗教へ軽々しく土足でお邪魔することは、よほどの覚悟がない限り不幸な殺傷事件を生むだけなので、してはいけないことのように思う。)
だからこそ、違う宗教の人に自分の宗教を勧める際、ひとまずはお金という共通言語(※)に換算し、それ以上の価値判断は相手に任せるという態度が、精一杯の誠実さではないか。

ある対象に、お金にできない価値を見出しているのは、私もあなたも一緒。
違うのは、その対象の種類ってだけ。
そういう感覚を、忘れないようにしたい。

※同じような共通言語として、「あり得ないほどエロい」「あり得ないほどグロい」「超不謹慎」あたりは、使えるのかもしれない。

※この適当かつ最低な文章を書いたうえで、PCの画像フォルダをひっくり返して、なんとなくピンときた画像。信仰と覚悟。

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顔面が文字になっている絵

アニメ『さよなら絶望先生』OPを見て以来、「顔面が文字になっている絵」が、なんとなく好き。
顔っていう、その人の人格の1番の窓口を、単なる文字に置き換えて全面的に冒涜している感じが、堪らないのかもしれない。

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映画監督の塩田明彦氏が、映画の演出について書いた本の中で、「カメラで人を撮る最大の喜びは、通常の現実ではありえない『相手から見つめられることなく相手を見つめることができる』こと。『こちらを見つめない顔』とはすなわち、デスマスクである」みたいな感じに(うろ覚え)、「人の顔を、単なる物体として扱うことには、倒錯的な愉悦がある」って書いていた。

この感覚に、近いかもしれない。

……常にこんなことを考えているわけではないのですが、街中で偶然この手のイラストを見かけたので、思い出した。

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雑な感想:『ローグ・ワン』 愉悦×ガチ泣き=この映画大好き!!! ※ネタバレあり

明けましておめでとうございます!
公開からとっくに経っちゃいましたが、ようやく見ることが出来ました。いつもながらに1回見ただけの、雑な感想書き散らしです(ちゃんとした評みたいなものは、他所を当たって下さい)。冒頭からネタバレ全開なので、未見の方はご注意を。
※筆者はスターウォーズシリーズに特に思い入れがあるわけではないので、間違った情報を載せていたら、どうぞ気軽にご教示下さい!

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↑ 於TOHOシネマズ新宿ロビー。みんな安らかに眠ってほしい……

 

■一言:魂の全滅譚
・「罪で汚れた過去を持ち、フォースを持たない凡人でも、本人に意志さえあれば、正しい道を歩むチャンスはある。そのチャンスとは、光に生まれた英雄たちへ、希望のバトンを繋ぐこと。だから俺たちは、デス・スター設計図奪還作戦のために潔く死のう!」
・つまり、登場キャラクター、自己肯定感低い人多すぎる! 幸せになることをとっくに諦め、「このバトンを繋いでいけば、然るべき誰かに届いて、きっと世界を何とかしてくれるはず。その一縷の望みに、文字通り命を賭ける!」って人ばっかだったのが、辛かったです。だって、I love youさえ、言わないんだよ……(後述)

 

■500億点出た瞬間
・序盤から、ディズニーらしからぬエログロ(の仄めかし)が多くて、「よし、よし」となる。キャシアンがあっさり人殺すわ、成人男性が巨大蛸に襲われるわ、一体どうしちゃったんですか?【愉悦】
・……からの中盤、主人公パパ「無意味な人生だったけど、お前を思っている時だけは強くなれた」あたりから「おやおや…?」が増える【ガチ泣き】
・……からの「後ろめたい任務に手を染めるたび、大義を信じるしかなかった。大義がなければ、自分と向き合えなかった」【ガチ泣き】
・帝国側のクレニック長官がデス・スターに殺される直前、デス・スターがまさにこっちを向いているカット。あーあーこれは酷いわ、クレニック長官かわいそ!【愉悦】
・……からの、「誰かに届いたかな。」「届いたよ、きっと。」で、メイン2人組が死亡。「届いたところを確実に見届け、ハッピーに退場する」という安易な展開にしないのが、粋で切なく、ヒリヒリした(まさか"I love you"を伝え合うこともなく、抱擁しながら死ぬとは……)。「この2人いつキスすんのかなー」って目線で見てて、ごめんなさい……【ガチ泣き】
・ここまでのシーンで涙腺がいっぱいいっぱいなのに、ラストのラスト、末端の兵士たちが超狭い通路でダースベイダーに襲われるシーンをぶっこんできた!!!!  閉じ込められた廊下の中から「助けて~!!」って外に向かって扉を叩く人、そんな同僚をつい見捨てて逃げ出してしまう人、なんとか助けようとするけど扉が全然動かなくて行為が無意味になる人、ベイダーの攻撃でどんどん積みあがる死体。まさに地獄絵図。もう、いいよ、やめてぇぇええ~~~!!!!【愉悦、ガチ泣き】
・こうして、まさに命がけで手渡しされた希望のバトン:デス・スターの設計図は、純白の衣装に包まれた光の皇女・レイア姫のもとへ……【ガチ泣き】
・以上、端的にラスト40分間のジェットコースター感が、すさまじかったです。「泣くな」と言われる方が、無理でした。

■戦争映画として
・今まで「大正義!大勝利!」って感じでしか描かれてこなかった反乱軍に対し、「実はその末端兵たちは、心が死んでいた……」っていうレベルのリアリティをぶつけてくるとは。両陣営の大義名分はどうであれ、末端で戦う兵士はみんな悲しい。

 

■野暮な不満点
・ミッションがイージー(マスタースイッチ、なんでそんなわかりやすいところにあるんだよ?とか)
・結局は「父子問題」に回収される、というシリーズ伝統芸の既視感に加え、それがちょっと甘くて安っぽい(どうせ死体を置いてっちゃうんだったら、お父ちゃん看取れなかった方が愉悦だった……)
座頭市が死んだあと、付き人が無駄死にしたところ(友達の死に殉ずるのは構わないけど、もうちょっと仕事してから退場しません……?)
・マーベル映画にも思うことではありますが、敵側の表象を、枢軸国のイメージ(収容所、原爆)に頼りすぎ。とはいえ現実的に考えて、他にイメージを借りれる存在があるかと言うと、色々問題が起きてしまって無理なのかもしれないですが……

 

■まとめ
・以上、野暮な不満点はありつつ、「あんなに楽天的なエピソード4の裏に、こんなに悲痛な物語があったとは……」と、しんみりした気持ちで劇場を後にしました。 光属性の英雄たち(レイ、フィン、ポー、あるいはカイロレン)のイチャイチャが堪能できた『フォースの覚醒』も楽しかったけど、日陰で生きてきた罪人達による自己犠牲譚は、実は2017年の地球に切実な想像力では……?みたいなことを、思ったり思わなかったりです。

とっても雑な幾原邦彦論(@とっても雑なテクスト論)

現実世界の革命を志向する幾原監督(美少女アニメを手段として突き放すクール)に、惹かれる。

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12月初めに行われた朝カル講座を受講した限り、現在52歳の監督の心には、意外にも(?)学生運動とその挫折があった。

「苦しんでいる人に、何ができるか」という問いに対し、「革命以外の方法で、現実を変える方法は何か」が、監督のテーマなんだろう(地下鉄サリン事件に敏感に反応したのも、恐らくこうした関心からだろう)。
監督のアンサーは、「たとえ社会を変えることは叶わなくても、誰かのために命がけの自己犠牲を払えば、相手のその後の人生は変えることができ、しかも相手はそのことを絶対に忘れない」。一対多ではなく、一対一を志向しよう、というのが、監督が出した答えなのだろう。

さて、このアンサーのポイントは、後半にあると考える。
「相手のその後の人生は変えることができ、しかも相手はそのことを絶対に忘れない」、つまり、思いは必ず報われるってことを、幾原監督は信じたいと思っているのだ。
その証拠に、アンシー(『少女革命ウテナ』)も、陽毬(『輪るピングドラム』)も、ツインテールちゃん(『ユリ熊嵐』)も、自己犠牲を発揮して退場していったキャラクターたちによって人生が変わり、しかも彼らを忘れない(たとえ他の人たち全てが忘れたとしても!)、という描写がされる。
これには少し問題がある。

自己犠牲を払う相手が、行為を受け入れてくれることが大前提となっている。
すなわち、完全に見返りの無い行為にはなりきれず、承認欲求は依然としてあるのだ。

ちょっと甘い感じがする。
「きちんと報われてハッピーエンド」は、娯楽としては正解かもしれないが、 「報われるかどうかわからないけど、それでも相手に何かする」っていうのが、最高のかっこよさじゃないのか。
だから、私自身の趣味からすれば、ピンドラ最終話は列車での運命乗り換えシーンで終わるべきであり、エンドロール中のぬいぐるみ号泣シーンや、エンドロール後モノローグ(「忘れないよ絶対に、ずっとずっと」)は、無粋で要らない。

……と、ここまで書いて、はい、全て近親憎悪です。
監督のような、「何か生れるって信じて、自分の命を半分こにして相手に分け与えようぜ!!!」っていう、良くも悪くも図々しく、そして愛おしい「自己犠牲」(あくまでカッコつき)、本音では大好き。
大事なのは、あくまで行動に踏み出すか否かだろう。
エゴ交じりのグレーな動機であったとしても、目の前の人に、自分を差し出すということ。

幾原作品を貫く倫理は、もうひと段階、化ける余地があると思う。
それが私の趣味に適うものか、あるいはぶっ飛んだモノになるかは、神のみぞ知る。
なかなか寡作な方だけど、次回作を見られる日が来ることを、心から楽しみにしている。

クリスマスはプレゼントの季節

「与えるということは、他人をも与える者にするということであり、たがいに相手の中に芽生えさせたものから得る喜びを分かちあうのである」

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私は昔から、人にものをあげるのが大好きだ。

逆に今日まで、色んな人からもらったもののお陰で生きてきた。
それは、例えば色んな先輩に奢ってもらったご飯だったり、まじでお金に困った時にぽーんと出してもらった学費だったり、見ず知らずの人が差し出してくれた、ふとした親切だったり。

そうしたことへの恩返しのつもりで、相手が今、切実に必要としているものだったら、「いいよー、もってけ泥棒~!!」って感じで、自分が持っているもの、あるいは持っているお金で買えるものを、拘りなくあげてきた。金額がそこそこ大きいものではパソコンとかソファ、漫画作品全巻セット、最近だったらハリーポッターの杖とかw 相手の男女とか年齢は、関係ない。

「そんなのただの綺麗事で、つまりは承認欲求の1つの形でしょう」って反論する人も、いるだろう。その通りではある。
でも、「たとえエゴであっても(コンマ数ミリの下心があったとしてもw)、それと親切が両立して相手の問題解決に繋がるんなら、それでいいじゃん!エゴ100%の行為しかしない人よりは、幾らかマシなヤツでいようぜ!」って、自分に言い聞かせている。その人とはそれきりでお別れになるかもしれないけど、直接的には何も伝わらないしむしろ逆効果だってこともあるかもしれないけど、きっと何かが生れ何かに繋がると、信じることにした。

これから出会う人、あるいはまったく会わない殆ど多くの人、私が死んだ後に生きる人の中に、自分を空中分解してバラバラにするような生き方がしたい。バラバラにできるほどの「自分」みたいなものがあることに対する、ひどく勝手な罪滅ぼし。あなたの人生に何か少しでも役立つのなら、私は私をあなたにあげたい。

雑な感想『ミュージアム』:どうしてこんなにモヤモヤするんだ! ※ネタバレあり

※ネタバレあります。ご注意ください。

毎度恒例、原作未読でたった1回鑑賞しただけの雑な映画感想書き散らしです。
今回は『ミュージアム』です。この2か月、予告編だけは映画館で数回見て「わー和製セブンだな~」って感じで、気になってはいました。早速、映画館へ足を運びました。

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【解説】過激な描写と緊迫のストーリー展開で人気を博す巴亮介の人気サイコスリラー漫画を、これが初タッグとなる小栗旬主演×大友啓史監督により実写映画化。雨の日だけに起こる猟奇殺人事件を追う刑事の沢村久志。犯行現場に残された謎のメモや、見つけられることを前提としたかのような死体から、カエルのマスクを被った犯人像が浮かび上がる。通称・カエル男と呼ばれるようになった犯人を追い詰めていく沢村だったが、カエル男の仕組んだ残酷な罠にはまり、絶望的な状況に追い込まれてしまう。主人公・沢村役の小栗、沢村の妻を演じる尾野真千子はじめ、野村周平大森南朋ら豪華キャストが共演。

ミュージアム : 作品情報 - 映画.com

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